前号では、一軒の家を紙の上で引き受けるまでを書きました。契約書、登記簿、重要事項説明書 ── どこまでも地味な話です。
今日は視点を、もう一度、市場に戻します。
前号の最後にこう書きました。「都市を離れて心身を整える時間を求める国内のうねりから、その先に控える世界の旅人まで」。今回はその約束の回です。問いは、ひとつ。
人は、日本の田舎に、何を求めて来ているのか。
結論から書きます。風景ではありません。過ごし方です。 そして今、その「過ごし方」を用意している宿が、驚くほど少ない。
まず、足元 ── 日本人は「回数を減らして、選ぶ」ようになった
インバウンドの話をする前に、国内の数字を読みます。ここに、いちばん見落とされている変化があります。
2025年、日本人の国内旅行消費額は26兆7,845億円。前年比6.5%増、コロナ前の2019年と比べても22.1%増で、過去最高圏の水準に達しました(観光庁・旅行・観光消費動向調査)。
「旅行が戻った」と読みたくなります。けれど、同じ年の宿泊施設側の統計は、まったく逆を向いています。
2025年の日本人延べ宿泊者数は4億7,561万人泊、前年比3.8%減。減少は2年連続です(観光庁・宿泊旅行統計調査/速報値)。
※前者は旅行者に聞いた調査、後者は宿泊施設に聞いた調査で、母数のとり方が違います。それでも、二つを並べたときに浮かび上がる向きは、はっきりしています。
泊まる回数は減っている。それなのに、払う金額は増えている。
裏づけもあります。日本人の宿泊旅行の単価は、1人1回あたり7万2,412円(前年比4.4%増)。旅の総量ではなく、一回あたりの密度が上がっている。
これが何を意味するか。
「安いから泊まる」という動機が、静かに死につつあるということです。年に何度も出かける代わりに、回数を絞る。絞ったぶん、選ぶ目が厳しくなる。そして「その一回を、どこで、誰と、どう過ごすか」に、以前より多くを払う。
回数が減った市場で選ばれるのは、行く理由が言葉にできる宿です。「安い」でも「近い」でもなく、「あそこに行けば、こういう時間が過ごせる」と、誰かに説明できる一棟。
そしてその「行く理由」として、いま最も強く効いているのが ── 都市を離れて、心身を整えるという動機です。
「整えに行く」という移動は、都市の外にしか置けない
ここ数年で、身体を整えるための時間の使い方は、すっかり日常の語彙になりました。サウナ、温泉、朝の散歩、何もしない一日。
重要なのは、それらが都市の中では完結しないということです。
整うという体験は、静けさ、暗さ、温度差、そして「予定がない」という状態に依存します。都市のホテルは、そのどれも十分には用意できません。壁の向こうに他人がいて、窓の外に光があり、一歩出れば予定が待っている。
だから人は、都市の外へ動く。しかも、他人と共有しない空間 ── 一棟を、貸し切るという形へ向かう。
需要が「一棟貸し」に向かうのは、贅沢の演出ではありません。整うという体験が、構造的に貸し切りを必要とするからです。ここは、事業者として押さえておくべき論理だと考えています。
そして、世界の旅人 ──「行きたい」と言い続けているのに、届いていない
ここからが本題です。
観光庁の調査では、地方観光地への訪問意向は、イギリスを除く11市場で90%を超えています(2024年度)。数字だけ見れば、世界は日本の地方に行きたがっている。
けれど同じ調査は、こうも指摘しています。その高い訪問意向を、実際の訪問にどうつなげるかが、大きな課題であると。
意向は、ある。実現は、していない。
2025年、外国人の延べ宿泊者数は1億7,787万人泊(前年比8.2%増)、全宿泊者に占める構成比は27.2%に達しました。2019年は19.4%でしたから、四人に一人以上が外国人という時代です。
それでも、その多くは都市に滞留している。「行きたい地方」と「実際に泊まる場所」の間に、まだ大きな空白がある。
事業者にとって、これは悲観ではありません。空白は、そのまま参入余地です。
空白の正体 ── 地方で、彼らは「見て」いるだけ
では、なぜ届いていないのか。調査は、その手がかりも残しています。
訪日客の娯楽・サービス費の購入率は、この10年で28ポイント上昇しました。旅の関心が「買う」から「する」へ移った、という定説どおりです。
ところが、その「する」の中身を地方部に絞って見ると、様相が変わります。
地方部での実施割合が5割を超えるのは、雪景色の鑑賞、アクティビティ、温泉入浴など6つの活動にとどまる
調査対象31活動のうち、地方部のシェアが高いものは約2割にすぎない
そして地方部で購入率が高いのは、日本庭園や建造物など「見物を主とする活動」
つまり、こういうことです。
外国人は、日本の田舎に「見に」来ている。けれど「過ごしに」来られていない。
風景は、すでに十分あります。棚田も、里山も、雪も、川霧も、日本中にある。足りていないのは風景ではなく、その風景の中で、朝から夜まで何をして過ごすかという設計です。
見物は、半日で終わります。半日で終わる体験に、人は一泊しかしない。あるいは、都市から日帰りする。
滞在が短いのは、旅人の意欲が低いからではなく、受け皿が「見る」までしか用意されていないからです。
だから「テーマ」は、飾りではなく設備である
ここで、前々号(N°06)に書いたことと線がつながります。
地方・戸建てで残るのは「何のための宿か」を一言で言える一棟だ、と書きました。今回の数字は、その理由を裏側から説明しています。
テーマとは、滞在時間を埋める装置です。
「ウェルネス」を掲げるなら、朝に何をして、昼に何をして、夜に何をするのかが、家の中に用意されていなければならない。整うための水回り。何もしないための場所。暗さを守る照明。身体を動かす床。食べるための台所。
それは看板の言葉ではなく、設備であり、動線であり、間取りの判断です。だから設計の問題になる。私たちが「デザインで勝つ」と言うのは、美しさの話ではなく、ここのことです。
そしてこの設計は、日本人にも外国人にも、同じように効きます。整えに来た人が求めるものは、国籍でほとんど変わらないからです。
警告 ── 一棟貸しなら売れる、という話ではない
楽観だけを書くのはフェアではないので、いちばん厳しい数字も置いておきます。
2025年の客室稼働率は、ビジネスホテル75.3%、シティホテル74.2%、旅館38.4%に対し、簡易宿所は29.6%でした。
一棟貸しの多くが入るこの区分は、平均すれば三日に二日は空いている。「古民家を買って一棟貸しにすれば埋まる」という物語は、平均値の上では成立していません。
埋まっていないのは、供給が過剰だからではないと考えています。テーマのない一棟が多いからです。行く理由を一言で言えない宿は、回数を絞りはじめた市場では、真っ先に選外に落ちます。
平均に沈むか、平均から外れるか。その差は、買う前の判断と、設計でつくるしかありません。
私たちの順番
野辺山の一軒で、私たちが選んだ順番も書いておきます。
まず、日本人のウェルネス層に届けます。 標高1,067mの高原、朝の冷たさ、静けさ、何もない時間 ── この家がいちばん自然に応えられるのは、まずそこだと考えているからです。
外国人ゲストは、その次です。彼らを軽んじているのではありません。順序の問題です。整うという体験の質を、まず日本語の通じるゲストと一緒に確かめきる。そこで手応えを得た「過ごし方」は、そのまま世界の旅人にも通用します。世界に届く宿は、たいてい、地元で通用した宿の延長線上にあります。
意向は、すでに世界にある。あとは、受け皿をつくる側の仕事です。
田舎に足りないのは、風景ではなく、その風景の中での過ごし方だった。
次号 ── ふたたび野辺山、今度は「土地」の話
次回は現場に戻ります。
境界標が一本も立っていない土地を、私たちは何を頼りに確かめたのか。重要事項説明書の「都市計画区域外」という一行が、この取得の何を決めていたのか。土地を読むという話です。
ひとつの家に、もう一度、灯がともるまで。
— HOTĀL.
出典:観光庁「旅行・観光消費動向調査」2025年年間値/観光庁「宿泊旅行統計調査」2025年(速報値)/観光庁「訪日外国人旅行者の地方部における体験活動に関する調査」(2024年度)ほか。
HOTAL.(ホタル) は、日本に眠る民家を、世界の人が一棟まるごと泊まれる宿へ。月に二度、Journal をお届けします。hotal.co.jp / 転送・共有歓迎です。