前号(知識編)で「次回は取得の現実を書く」とお約束しました。その一通目です。

野辺山の一軒。標高1,067mの高原に立つ、築100年以上とされる家。この家を「読む」ところまでは前に書きました。今日はその続き ── 読み終えた家を、実際に自分たちのものにするまでの話です。

結論から言えば、この一軒は、買えました。けれどそこに至る道のりは、私が思い描いていたものとは、まるで違っていました。

重要事項説明書のたった一行が、この取得のほとんど全部を決めていた。契約書に書かれた売主と、登記簿に載っている名前は、別人だった。 そして決済の場に、司法書士はいなかった。

古い家を引き受けるというのは、こういうことだったのか ── ひとつずつ、書いていきます。

すべてを決めていたのは、重要事項説明書の一行だった

「都市計画区域外」。

この一行が、この取得の前提を、ほとんど全部決めていました。

都市計画区域の外にあり、用途地域の指定もない。ということは、建築基準法の接道義務が適用されない。将来建て替えることもできるし、簡易宿所として使うこともできる。地方の古い家でよく問題になる「再建築不可」の壁が、この物件には最初から存在しませんでした。

地方の物件を検討するとき、多くの人はまず建物の傷み具合を見ます。けれど本当に先に見るべきは、その家がどの"区域"に立っているかです。ここを読み違えると、どれだけ家が良くても、宿にはできない。

(接道そのものも良好でした。南側で、舗装された村道に幅4m・23mにわたって接しています。)

契約書の売主と、登記簿の名前が違った

追い風は、紙の一行が運んできました。そして、つまずきもまた ── 建物ではなく、紙のほうにありました。

契約書に売主として書かれていたのは、ある宅建業者。ところが登記簿を取ってみると、名義人はまったく別の個人でした。

これは中間省略登記 ──「第三者のためにする契約」、いわゆる三為と呼ばれるスキームです。所有権は、登記名義人から私たちへ直接移転する。業者はいったん所有者にならない。

仕組みとしては珍しくありません。ただ、これが正しく成立するには、登記原因証明情報に必要な要素が漏れなく書かれている必要があります。第三者のためにする特約付きの売買契約が存在すること。売主が私たちを移転先として指定したこと。私たちが受益の意思表示をしたこと。そして、登記名義人から私たちへの直接移転である旨。

この要素が、漏れなく揃っているか。それを見極めるのは、私たち自身でした。 ── なぜ、司法書士に頼らなかったのか。

司法書士は、あえて立てなかった

契約書の特約には、こう書かれていました。「登記手続きは買主が行う」。売主側にも司法書士はつかず、決済の場にいたのは、私と、仲介と、売主の担当者の三人だけです。

そのうえで、自分たちで登記することを、私たちは選びました。仕方なく、ではありません。抵当権のないクリーンな物件で、権利関係がこみ入っていなかったこと。必要な情報も手順も、そしてAIのような"調べる力"も、いまは手の届くところにある時代だということ。私自身、実務の経験があったこと。そして何より、この一連を一度自分の手でやっておくことが、これから不動産に関わる私たちの糧になる ── そう判断したからです。

もちろん、いきなり飛び込んだわけではありません。段階を踏み、一つずつ確かめ、「これはできる」と確信が持ててから決めました。権利証、印鑑証明、委任状、登記原因証明情報、評価証明書 ── 一枚ずつ、自分の目で照合し、完備を確認して、はじめて振込のボタンを押しました。

念のため書き添えます。これは、誰にでもおすすめできる道ではありません。条件が揃い、確かめきる自信が持てたから、選べた道です。多くの場合は、専門家に託すのが、いちばん安全です。

引き受ける、ということ

宿をつくると決めた人は、たいてい「どんな空間にするか」から考えはじめます。私もそうでした。

けれど取得の現場で問われたのは、そこではありませんでした。この家が、どういう区域に立っていて、誰から誰へ、どういう理屈で渡るのか。 その一行一行を、自分の責任で読めるか。

派手さはありません。けれど、この地味な確認を飛ばすと、あとで取り返しがつかない。買う前の紙仕事こそ、地方物件のいちばんの正念場でした。

取得とは、家を所有することではなく、その家のこれからを引き受けること。

引き受けるとは、判断を、誰かに代わってもらわないこと。その第一歩は、この家のこれまでを、紙の上で正しく読むことでした。

私たちがこの家で過ごす、はじめての夜は ── もう少し、先になります。

次号 ── 知識編へ

次回(知識編)は、視点を市場に戻します。いま、日本の田舎の一棟貸しに、人はなぜ向かいはじめているのか。都市を離れて心身を整える時間を求める国内のうねりから、その先に控える世界の旅人まで ── その構造を、事業者の目で読み解きます。

そしてその次、ふたたび野辺山へ。今度は土地の話です。境界標が一本も立っていない土地を、私たちは何を頼りに確かめたのか ── そのことを書きます。

ひとつの家に、もう一度、灯がともるまで。

— HOTĀL.

HOTAL.(ホタル) は、日本に眠る民家を、世界の人が一棟まるごと泊まれる宿へ。月に二度、Journal をお届けします。hotal.co.jp / 転送・共有歓迎です。

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