前号で「次回は知識編」とお約束しました。知識編は、二年後に一冊の本の“章”になる密度で書いていきます。一通目の問いは、いちばん大きなもの。

なぜ今、地方の戸建てを、外国人向けの宿にするのか。

ニュースは連日「オーバーツーリズム」を伝えます。京都の路地、富士の見える街、鎌倉の踏切。人が、あふれている。けれど事業者が読むべきは、その見出しの裏側です。混雑した都市の風景の下で、旅のかたちそのものが、静かに、しかし確実に動きはじめています。

市場は過去最多。でも、読むべきは“向き”

2024年、訪日外国人は過去最多を更新。政府目標は2030年に年間6,000万人。円安も当面の追い風です。

ただ、事業者に大事なのは総数ではありません。その内訳と、流れの向きです。

数が増えること以上に、「どこへ・どう泊まりに向かっているか」を読む。そこに、私たちの立つ場所があります。

三つの「移動」が、同じ方向を指している

いまのインバウンドには、三つの「移動」が重なって起きています。

  • モノ → コト →「暮らし」へ。 買い物中心の旅は体験中心になり、いまは「その土地に暮らすように泊まる」旅へ。価値の中心が、所有から時間へ移りました。

  • 都市 → 地方へ。 リピーターが増えるほど、人は「まだ知らない日本」=奥を探します。王道の外側にこそ、次の目的地がある。

  • 短期 → 長期へ。 リモートワークも後押しし、一棟を借りて一週間・ひと月と“滞在する”旅が現実に。そのゆっくりした時間に、いちばんお金が動きはじめています。

三つの矢印は、ばらばらに見えて、すべて同じ一点を指しています。

都市の外・戸建ての中・長い滞在。 ── ここが、地方×戸建て×外国人という事業の足場です。

旅人が求めるのは、「安さ」ではない

奥へ向かった旅人が、地方の一棟貸しに見るもの。大きく四つ。

  • 静けさとプライバシー ── 一棟まるごと、家族やグループだけの閉じた時間。ホテルでは買えません。

  • 暮らすような体験 ── 名所巡りより、土間で湯を沸かし、縁側で雨を眺める時間。

  • 本物であること ── つくり込まれた“和”でなく、人が実際に暮らしてきた家の、時間の厚み。

  • 不便さえ、価値に ── 段差も、薪のひと手間も、夜の暗さも、彼らには「日本の田舎らしさ」に映る。

肝心なのは、これらが安さで選ばれているのではないこと。深さ・物語・他にない体験に、感度の高い旅人はむしろ対価を払います。

価格で競う都市の民泊と、体験で選ばれる地方の宿。両者が分かれるのは、この一点です。

供給は、「空き家900万戸」として眠っている

需要が奥へ向かう一方、地方には使われない戸建てが積み上がっています。全国の空き家は約900万戸、空き家率は1割を大きく超えます。

奥を求める外国人(需要)と、眠る地方の戸建て(供給)が、いま出会いはじめている。── これが「なぜ今か」の核心です。

ただし、空き家はそのまま宝の山ではありません。接道・再建築の可否、旧耐震、相続・登記、残置物、上下水や浄化槽、旅館業/民泊の許認可。── この「面倒の束」こそが参入障壁であり、裏を返せば、読み解ける事業者には競争の少ない入口です。本連載が、その手引きになればと考えています。

勝ち筋は、テーマ性と、それを支えるデザイン

強く言いたいのは、これは「安い民泊」を量産する話ではないということ。安売りは都市の価格競争を地方に持ち込むだけで、すぐに消耗します。掃除と鍵だけが残り、選ばれ続ける理由もない。

設計を二十年やってきた立場からの見立ては、こうです。

地方・戸建てで残るのは、「何のための宿か」を一言で言える一棟。テーマがあり、それをデザインが支えている家。

そういう一棟は、価格ではなく価値で選ばれ、直販とリピートが効き、利益が残る。私たちの差別化は、安さでも場所でもなく “レンズ” ── 設計者の目 × インバウンド設計 × 実運営 × 外国人視点 ── にあります。

では、どんなテーマか ──「ウェルネス」

選んだのは「ウェルネス ── 自然のなかで、心身を整える時間」。世界のウェルネス旅行は旅行市場でも伸びの大きい領域で、日本の自然・食・静けさ、そして古民家のもつ陰影は、その器として反則級に強い。

テーマは流行で決めない。その土地と建物が本当に持っている力から、逆算して決めます。

事例 ── 野辺山の、一軒目

最初の検証が、長野・野辺山の一軒です。標高1,067mの高原に立つ、築100年を超える古民家。八ヶ岳を望み、夜は驚くほど暗く、空気は薄く澄んでいます。

需要の三つの矢印(奥・戸建て・長期)と、空き家という供給。その交差点に、わたしたちはわざと一軒を置いてみることにしました。

うまくいくかは、まだわかりません。けれどその過程 ── 何を選び、何でつまずき、何を学んだか ── を、これから二年、率直に残していきます。 あなたがいつか地方で一棟を始めるとき、この記録が地図の一枚になるように。

次号 ──「取得」の現実へ

構造を読んだら、次は現実です。次回(進捗系)は、一軒を「取得する」現実(契約・資金・手続きで、実際に何が起きたか)を、出せる範囲で正直に書きます。

ひとつの家に、もう一度、灯がともるまで。

— HOTĀL.

HOTAL.(ホタル) は、日本に眠る民家を、世界の人が一棟まるごと泊まれる宿へ。月に二度、Journal をお届けします。hotal.co.jp / 転送・共有歓迎です。

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