前号で「次号からは現場のことを書く」とお約束しました。その一通目です。
いま、一軒目の家と向き合っています。空に近い、高原の集落にある一軒。場所も数字も、まだ伏せたまま。けれど、その家の前で私たちが何を考えているか ── そして、もしあなたが同じように「地方で一棟貸しを始めよう」と家を見に行くなら、何を見ればいいのか。今日はそれを書きます。
再生は、図面からは始まらない
戸建てを買って宿にする、と言うと、多くの人はまず間取り図や見積もりを思い浮かべます。けれど、私たちが最初にするのは設計でも数字でもありません。鍵を開けて、ただ家のなかに立つことです。
雨戸を一枚ずつ繰る。光が入り、長く閉じていた空気が動きはじめる。床のきしみ、柱の傾き、天井の高さ、窓が切り取る風景。── そのひとつひとつが、この家が過ごしてきた時間の記録であり、同時に「これから宿としてやっていけるか」の判断材料でもあります。
急いで手を入れる前に、まず家の声を聞く。残すべきものと、灯し直すべきものを、家自身に教えてもらう。
私たちが「読む」三つのこと
設計者として、そして自ら宿を営む側として、家を見るとき私たちは三つを読みます。
素材を読む。 木・土・石が、どんな手で組まれ、どう歳を重ねたか。活かせる味か、危険な傷みか。── ここの読み違いは、改修費に直接はね返ります。
構造を読む。 どこが家を支え、どこに無理があるか。間取りを変えられる家かどうかが、宿としての可能性を決めます。
土地を読む。 集落の地形、光の向き、季節の風、そして集落と家の関係。家は、土地と切り離せません。
ちなみにこの一軒目は、「ウェルネス」── 自然のなかで心身を整える時間 ── をテーマにした宿として考えています。だから家を読むときも、「その静かな時間を支えられる家か」という目を、どこかで重ねています。
もうひとつのレンズ ── 外国人ゲストの目
私たちの宿は、海外からの旅人が一棟まるごと泊まる場所です。だから家を読むとき、「外国人ゲストは、この家に何を見るだろう」というレンズを、もう一枚重ねます。
窓の外に、その人が日本に求めた風景はあるか。
「日本の家」らしさ ── 木、土間、縁側、光と影 ── は、どこに残っているか。
家族やグループが、靴を脱ぎ、くつろぎ、長く滞在できる動線になっているか。
私たちが「不便」と見るものが、彼らには価値になることがあります。逆に、こちらが見過ごしがちなものが、宿の主役になることもある。読む相手は、家だけではなく、まだ見ぬゲストでもあるのです。
伏せること、書くこと
場所そのものや、確定していない数字は、しばらく伏せたままにします。再生は始まったばかりで、約束できないことを約束したくないからです。その代わり、再生のプロセス・設計の判断・運営の思想は、できるかぎり率直に残していきます。
次号からは、知識編と現場編を交互にお届けします。次回はその知識編。「なぜ今、地方の戸建てを"外国人向けの宿"にするのか」を、市場の動きとともに書きます。
ひとつの家に、もう一度、灯がともるまで。
— HOTĀL.